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2011/12/20

歌は世につれ(6) = かえり船

・かえり船

♪波の背の背に ゆられてゆれて 月の潮路の かえり船

  霞む故国よ 小島の沖じゃ 夢もわびしく よみがえる


♪捨てた未練が 未練となって  今も昔の 切なさよ

  瞼合わせりゃ 瞼に浮ぶ 霧の波止場の 銅鑼(どら)の音


♪熱い涙も 故国に着けば 嬉し涙と 変わるだろ

  鴎行くなら 男の心 せめてあの娘(こ)に 伝えてよ

 国民学校の4年生の夏、昭和20(1945)年8月15日に戦争が終わった。

 

 戦争は終わったが、その年の冬(12月)まで学童疎開先の丹波の山村に留まっていた。翌21年の正月に京都市内の実家に戻ると、家の近所や国民学校(小学校)の様子もすっかり雰囲気が変わっていたようだ。

 三組しかなかった四年生の学年には、入学当時には見かけなかった新顔の生徒が増えていた。京都弁を使わない生徒、話し言葉のアクセントが異なった生徒は、故郷の京都しか知らない自分たちにとっては物珍しくもあった。

 終戦に伴う引揚者・復員兵が日常の話題になり始めた。海外から引き上げてくる民間人やその家族。 軍隊を除隊になって国内外から帰郷してくる復員兵。 

 そんな世相を反映しての流行歌である。若い歌手田端義夫が歌ってヒットした。苦しかった戦争が終わって、やっとの思いで復員船・引揚船で祖国に向かう人々の心を歌ったものといわれる。「のど自慢素人音楽会」として昭和21年から始まったNHKのど自慢でも盛んに歌われた。

 町内の誰々が復員したということが、大人たちの話題に上る日々が続いた。見覚えのある近所のお兄さんたちがある日突然姿を見せる。もと陸軍兵士、海軍水兵など様々だ。みな若い下級兵士であった。

 復員兵の姿は、階級章を剥がしたカーキーいろの古軍服に大きなリュックサック。「お土産」は軍隊毛布と軍用乾パンだった。ろくなおやつも無かった終戦直後には、そんな乾パンでも子供達にとっては珍しかった。牛肉の缶詰などは滅多にないご馳走であった。

*本編「国際芸術見本市(ジャパン・アート・フェスティバル)始末記」については下記サイトをご参照ください。

http://gastrocamera.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_9a53.html

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