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2011/12/08

昔戦争があった = 日露戦争は昔、太平洋戦争は大昔

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今、若い人たちに太平洋戦争について尋ねても、必ずしも的確な反応が返ってこない。毎年12月8日がめぐって来るが、戦後生まれの人々にとっては特別な感慨が無いだけでなく、それが日本軍の真珠湾攻撃に端を発した太平洋戦争勃発の日であることを知る人も少ない。

 子供の頃、家の近所には日露戦争に参加したというお年寄りが少なからずいた。その家族が行李の底から古い軍服を取り出して見せてくれたりしたものだ。子供心ながら、「ああ、大昔には日本とロシアとの戦争があったんだな」と、漠然と理解をしたものだ。高校生になっても、日露戦争はやはり古い歴史上の一こまでしかなかった。

 現在の大学生にとって、日米開戦(昭和16年)は70年前の大昔のこと。 私たち昭和10年生まれが大学生であった頃の日露開戦(明治37年)が50年前であったことを思えば、まさに大昔の話である。

 国民学校(小学校)では、毎月8日は「大詔奉戴日」として国旗掲揚君が代斉唱などの行事がおこなわれた。子供なりに緊張感をもって校長の訓話を聞いたり宮城遥拝をした記憶がある。戦場の兵隊さんの武運長久を祈ることも重要なことであった。

 個人的な戦争体験はまちまちである。我々の様に国民学校生徒として学童疎開を体験したものもあれば、学徒動員として工場労働を強いられた中学生・女学生、あらゆる階層から集結した軍隊経験者(兵卒、下士官、将校、将官)など、それぞれに個人体験があったはずだ。銃後の護りと称して大日本国防婦人会なるものが結成され、家庭の主婦といえども日本国民である以上、戦争遂行に組み込まれないものはなっかた。

 日米開戦後わずか3年半で、約15年続いた第二次大戦は終了、日本人戦没者数300万人余という壮絶な数字を残してわが国は敗戦国となった。

 今朝の朝日新聞「朝日川柳」欄にあった。「少国民我等八十路に突入す」、「年寄りは一人で偲ぶ八日の日」、「今はもう戦争知らない大人たち」

 *本編「国際芸術見本市(ジャパン・アート・フェスティバル)始末記」については下記サイトをご参照ください。

http://gastrocamera.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_9a53.html

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