« 2009年11月18日 | トップページ | 2010年1月7日 »

2009/11/29

再び「昭和10年生まれ」 - 嵯峨野高校同窓会

 京都府立嵯峨野高等学校出身者で関東在住のものが、毎年東京、横浜などの首都圏で同窓会をやっている。参加者の中心は昭和29年度卒業生ということになっているのだがあまり難しいことはいわない。直近では、この11月13日に銀座近くで開催した。

 都合がつけばわざわざ京都から駆けつける者もある。卒業年度が多少前後する者の参加もある。要するに、同窓会というよりは、「サガノ会」とでも称すべき集まりである。昭和29年度の高校卒業生は、早生まれの者もいるが大体は昭和10年生まれである。

 過日の同窓会では、自分たち昭和10年生まれがいろいろな歴史的節目を体験してきたことが話題になった。それは昭和16年12月8日の日米開戦に始まったといえる。国民学校(小学校)に入学したのが開戦直後の昭和17年4月であった。

 幼少時代の思い出とともに、嵯峨野、嵯峨、嵐山、太秦、花園、御室、双が岡、龍安寺などといった洛西での生活体験を共有する仲間である。 3~4年生頃には学童疎開(集団疎開・縁故疎開)を体験した。昭和20年8月15日に終戦(国民学校4年生)を迎えた。この間、軍国主義教育を受けた。昭和23年3月に小学校を卒業。食糧事情が最も劣悪な戦後の時期を迎えていた。

 戦後の学制改革(6・3・3制)によって新たに発足した新制中学校に、三年間フルに在籍した最初の中学生となった(昭和23年~26年、この間は連合軍の占領下にあった)。

 昭和16年に嵯峨野高等女学校として開校したが、旧制女学校としての歴史はわずかに数年間。 終戦直後には新制・京都市立嵯峨野中学校として2年間転用された。25年には新制・嵯峨野高等学校として再発足した。したがって昭和10年生まれの我々は、嵯峨野高校の第1回入学生であり第3回卒業生となった。

 昭和26年4月~29年3月新制高校に在籍(26年サンフランシスコ講和条約締結により日本は独立を回復)。昭和30年には自由民主党が結成されていわゆる55年体制が発足した。大学卒業時の初任給は9千円から1万1千円程度であったと記憶する。 就職難時代ではあったが、60年代の高度成長期には第一線に参加する世代となった。

 そんな嵯峨野高校も半世紀余の歴史を重ねてきた。

本編「国際芸術見本市(ジャパン・アート・フェスティバル)始末記については、下記をご参照ください。

http://gastrocamera.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_9a53.html

« 2009年11月18日 | トップページ | 2010年1月7日 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ