心のふるさとー長い道
昭和18年4月に国民学校(現在の小学校)2年生に進級した。最近ふとしたことから当時の国語の教科書を入手した。タイトルは「よみかた・三」。発行者は文部省(もんぶしゃう)。
66年前のその内容の一部が今でも鮮明に記憶に残っていることを発見した。その一つが、ここに紹介する短文(詩)である。全文をほぼ完璧に諳んじていた。
長い道
どこまで 行っても、長い道。 夕日が赤い、森の上。
どこまで 行っても、長い道。 ごうんとお寺のかねがなる。
どこまで 行っても、長い道。 もうかえろうよ日がくれる。
挿絵の風景は、夕日が沈みはじめた遠くの森を背景に、手をつないだ三人の子供が野中の一本道を帰り急ぐ姿。
たったこれだけの短い文章であるが、当時自分が暮らしていた京都市郊外の風景に重なって、なぜか心に残るものとなった。当時は子供心にもそんな心象風景を求めて歩き回ったものであった。
「兎追う」べき山こそ無かったものの、付近の小川にはこぶなはもちろん、ドジョウ、蛙、水生昆虫などがたくさんいて、毎日の生活を楽しませてくれたものだ。
半世紀以上たった今、さすがに実家のある一郭は昭和初期の風景をほぼ留めてはいるものの、時折たずねる故郷はミニ開発の対象となり、小さな森や竹薮も姿を消して、新興住宅地としてすっかり変貌してしまった。それでも、古都の嵯峨野は日本の他地域と比較するとき、昔の景観がよく保存されていると言えるだろう。
世代は異なっても、大人の日本人が持つ故郷の心象風景はだいたいこのようなものではないか。 さて、現代っ子が成長した時の「心のふるさと」はどんなものか。
*本編「国際芸術見本市(ジャパン・アート・フェスティバル)始末記」については下記サイト「ジャパン・アート・フェスティバルを知っていますか?」をご参照ください。http://gastrocamera.cocolog-nifty.com/blog/


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