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2009/01/11

心のふるさとー長い道

 昭和18年4月に国民学校(現在の小学校)2年生に進級した。最近ふとしたことから当時の国語の教科書を入手した。タイトルは「よみかた・三」。発行者は文部省(もんぶしゃう)。

 66年前のその内容の一部が今でも鮮明に記憶に残っていることを発見した。その一つが、ここに紹介する短文(詩)である。全文をほぼ完璧に諳んじていた。

長い道

 どこまで 行っても、長い道。 夕日が赤い、森の上。

 どこまで 行っても、長い道。 ごうんとお寺のかねがなる。

 どこまで 行っても、長い道。 もうかえろうよ日がくれる。

 挿絵の風景は、夕日が沈みはじめた遠くの森を背景に、手をつないだ三人の子供が野中の一本道を帰り急ぐ姿。Img034

 たったこれだけの短い文章であるが、当時自分が暮らしていた京都市郊外の風景に重なって、なぜか心に残るものとなった。当時は子供心にもそんな心象風景を求めて歩き回ったものであった。

 「兎追う」べき山こそ無かったものの、付近の小川にはこぶなはもちろん、ドジョウ、蛙、水生昆虫などがたくさんいて、毎日の生活を楽しませてくれたものだ。

 半世紀以上たった今、さすがに実家のある一郭は昭和初期の風景をほぼ留めてはいるものの、時折たずねる故郷はミニ開発の対象となり、小さな森や竹薮も姿を消して、新興住宅地としてすっかり変貌してしまった。それでも、古都の嵯峨野は日本の他地域と比較するとき、昔の景観がよく保存されていると言えるだろう。

 世代は異なっても、大人の日本人が持つ故郷の心象風景はだいたいこのようなものではないか。 さて、現代っ子が成長した時の「心のふるさと」はどんなものか。

*本編「国際芸術見本市(ジャパン・アート・フェスティバル)始末記」については下記サイト「ジャパン・アート・フェスティバルを知っていますか?」をご参照ください。http://gastrocamera.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_9a53.html

 

戦前、戦中の小学国語教科書ーサクラ読本・アサヒ読本

 前回の記述に引き続いて、さらに昔の小学校の国語教科書に触れてみたい。

 昭和初期から終戦時(1945年)までに小学校で学んだ人々の間では、「君はアサヒ世代か、僕はサクラ世代だ」というような会話が交わされることがある。現在ほぼ70歳以上の世代である。

 小学校入学時に初めて支給された文部省検定の国語教科書によって、互いに世代を確認し合うというぐあいである。

 昭和15年までに入学した児童には、「尋常科小學國語讀本・巻一」(サクラ読本)が、16年以降の新入生には「ヨミカタ・一」(アサヒ読本)が支給された。

 前者は「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」で、後者は「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」とどちらも片仮名の文章で始まる。前者はつくりも立派で、挿絵などの印刷も美麗かつ繊細なものであった。Img035_2 

 

 Img036

  昭和17年入学の私たちが使用したアサヒ読本は、戦時中の物資不足を反映して、紙質や印刷も随分質素になり、前者と比べてかなり見劣りがする。兄や姉たちの美しい教科書が羨ましかったことを覚えている。

 ともに、一年間を二分冊に分けており、前者は「尋常科小學國語讀本・巻一、二」、後者は「ヨミカタ・一、二」となっていた。内容も徐々に戦争を意識したものに変化していった。

 ひらがなの学習が始まるのは二年生から。新漢字の登場は、サクラ読本二分冊で316文字、アサヒ読本では415文字であった。

 *本編「国際芸術見本市(ジャパン・アート・フェスティバル)始末記」については下記サイト「ジャパン・アート・フェスティバルを知っていますか?」をご参照ください

http://gastrocamera.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_9a53.html

 

 

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