さようなら日航マーク「鶴丸」
約半世紀にわたって親しんできた日航マーク「鶴丸」が、5月30日、
大阪ー羽田間で最後のフライトを終えたそうだ。
1966年の初めての海外旅行の印象は、当時の花形旅客機DC-8にこのマークが結びついて、今でも忘れることはない。
ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に到着して、駐機場の一角にこのマークと日の丸を目にしたときは、「日本もなかなか健気に世界に羽ばたいているのだな」と心強く感じたものだった。当時未だ数少なかった日本人旅行者(年間5万数千人)は、例外なくこのマークのついたフライトバッグを肩に掛けて外国の町を闊歩していたものだ。
以後、高度成長期を通じて日本ビジネの海外雄飛(そんな大げさな表現がおかしくなかった時代)の一端を担ってきたことも確かだ。
日付変更線を通過するたびに、通過記念証明書なるものが機内で配られたり、機内でサービスをするスチュワーデス達も、その都度和服に着替えたりするなど、空の旅はまだまだ特別な体験であった時代である。
*本編「国際芸術見本市(ジャパン・アート・フェスティバル)始末記」については下記サイト「ジャパン・アート・フェスティバルを知っていますか?」をご参照ください。http://gastrocamera.cocolog-nifty.com/blog/

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