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2007/03/07

第三部 エピローグ(おわり)-ゆめまぼろしの四十年

・ゆめまぼろしの四十年

 今、こうして四十年余の昔を振返るとき、その時間の永さと重みがしみじみと感じられる。国際芸術見本市協会の設立やアート・フェスティバルの開催にかかわった内外各界の人々、そしてその運営に携わったわれわれ自身も、すでに多くが現役を退き、さらに多くの方々が鬼籍に入ってしまった。主役を演じた美術作家、工芸作家然り。ただ後に残された膨大な作品群だけは、世界中の美術館で、ギャラリーで、コレクターの下で益々輝きを増し、その名声を今に残している。

在任中に接触のあった組織、団体、企業など社会の構成分子のその後の浮き沈みも目まぐるしく、その栄枯盛衰を目の当たりにしてきた。当時には想像することもできなかった現実に生き永らえて、すべてがゆめまぼろしの如くはるか遠くに思い出される今日この頃である。(文中敬称略)

平成十九年一月     千葉県八千代市ゆりのき台にて

*本稿を書いている間にも、昨年12月には十返千鶴子氏、そして今年1月には嘉門安雄氏の訃報に接した。この場を借りてご冥福をお祈りしたい。

*本編「国際芸術見本市(ジャパン・アート・フェスティバル)始末記」は下記サイトからどうぞ:http://gastrocamera.cocolog-nifty.com/blog/ 

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