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2007/02/01

第二部 国際芸術見本市始末記・ニューヨーク展(11)

5月10日(火)(~東京) 

 

 八時間の飛行で午後四時二十分に羽田空港に着く。世津子、英明に迎えられてタクシーで家に向かう。二ヶ月半ぶりの帰国である。夜、青柳氏に電話、協会の現状につき一部始終を聞く。明日は休むつもりだ。

追記= こうして第一回ジャパン・アート・フェスティバルのニューヨーク展は終了した。二ヵ月半ぶりに戻った協会事務局は事務局長不在、唯一人の男性同僚である財務担当の青柳氏が慢性的な資金不足のなかで孤軍奮闘していた。

  周知のように公的資金の補助対象には厳しい制限が設けられている。それを超える活動のためには少なからぬ自己資金を確保しなければならない。補助金を受けているとはいえ、いずれの公益団体もそうであるように財界からの寄付金集めが欠かせない。協会役員の名を使って、各企業や業界団体へ足を運ぶことが事務局の重要な仕事になる。

 しかし現実はそれほど甘くない。世の中にはこのようなおねだりはごまんとあるからだ。そんなことから、頂戴できる寄付は必ずしも現金とは限らず、その企業の製品やサービスということもあるわけだ。もちろん、これとても大変有難いことには違いないが、いずれにしても資金確保はその後も最大の課題であることに変わりはなかった。 

 ところで、ニューヨーク展の膨大な作品群と会場構成資材は、依然、米国内に残されており、ピッツバーグ、シカゴ、サンフランシスコへの巡回展計画がすでに独り歩きをしている。待ったなしである。大事業をやり終えてほっとした気分の事務局スタッフも、いつまでも解放感に浸っているわけにはいかない。一日も早く放心状態から脱出することを余儀なくされた。事務局の思惑とは関係なく、常に計画が先行していくのであった。 

  いわば素人の集団とも言うべき事務局スタッフがニューヨーク展から得た教訓は少なくなかった。それは現地のビジネス慣行、税関への対応、広報戦略、作品管理、会場管理など枚挙にいとまがない。事業遂行に付随して構築された各方面での人間関係も大きな資産となった。短期間ではあったが、事務局スタッフはこの体験を跳躍台にしてさらに次のプロジェクトに臨んで行ったのだった。 

・三ヶ月ぶりの事務局出勤

 5月12日(木)

 

 帰国後の初出勤。ほぼ三ヶ月ぶりだ。帰途、青柳氏と四谷のレストランに立ち寄り、協会の現状につきさらに詳しく聞く。すでに計画がコミットされているからには協会は存続しなければならない。解散するわけにはいかないだろう。午後十時前に帰宅。

 

5月13日(金)

 

 午前、風間さんを同道して千代田火災へ行く。作品(黒田辰秋作)盗難の件に付き説明する。現地警察の盗難証明書も提示する。日本銀行へ挨拶に行く。午後、麻生理事長に帰朝報告をする。

 

5月16日(月)

 大和運輸の安川さんが来て、階下の喫茶店で話す。展示会のその後の経過報告などする。併せて今後の改善点などについて意見交換も。

 

5月18日(水)晴

 午後六時、中曽根事務所に小林克己さんを訪ねる。お土産に万年筆を差し上げる。

 夕刻、赤坂花千代へ事業関係者四人を食事に招待する。零時過ぎに帰宅。

 

5月19日(木)晴

 やや暑い。午前中は事務局へ出勤。午後、赤坂プリンスホテルにて、映画によるニューヨーク展報告会を開催する。出席者約百名はなかなかの盛会であった。 帰途、池袋駅地下でケーキを買って帰る。

 

5月21日(土)

 午前中青柳さん(財務担当)とジェトロへ行き、担当者樋口氏らにニューヨークの第一回ジャパン・アート・フェスティバルの総括報告をする。

 午後、青柳さんとタクシーで目黒の自宅へ事務局長を訪ねる。ニューヨーク以来の再会である。午後七時半に傘を借りて辞す。

 

5月23日(月)

 終日雨。手持ち無沙汰の一日。今後の展開を静かに待つのみだ。午後七時前に帰宅。

 

5月25日(水)一時小雨

 もっぱら事業報告書の作成作業で一日が暮れる。午後九時半頃まで残業。午後十時十五分に帰宅。風呂を浴びて寝る。

 

5月26日(木)

 終日、事業報告書の作成作業。

 

 5月27日(金)快晴

 暖かい。今日も残業。十時頃帰宅。

 

5月31日(火)

 午後二時より赤坂プリンスホテルにて協会理事会。出席は藤井丙午会長、麻生理事長、中曽根康弘氏、佐藤観次郎氏、嘉門安雄氏ほか。

 

 追記= この頃までに永野重雄会長はすでに退任し、後任として藤井丙午副会長が就任していた。

 

6月6日(月)曇り、時々晴れ

 午後理事長室で事務局会議。八月初旬ピッツバーグへの単身出張が決定的となった。

 

6月9日(木)

 もっぱらピッツバーグ・ギンベル百貨店での展示会のための資料作り。作品リスト、パッキングリスト、損害保険付保用リストなど。会期は八月中旬を予定しており結構忙しい。

 

6月16日(木)

 メーシー百貨店出展の作品を選考するために、理事長の車で銀座日動画廊へ行く。河北倫明、嘉門安雄、山田智三郎、石田博英、麻生良方、ブザーテの諸氏が参加。油絵小品を中心に択ぶ。

 帰途、ソニービルを覗いて買物少々。地下鉄で池袋経由帰宅する。

 

第二部 国際芸術見本市始末記・ニューヨーク展(12)

6月21日(火)

 

 仕事は休戦状態。特に為すべきこともなし。六時過ぎに帰宅。暑い!

 

 

 

 6月27日(月) 

 暑い、午後から降ったり止んだり 

 ギンベル百貨店、NYのゴードン夫人へ手紙を書く。夜、World History(世界史概観・ウェルズ著)を少し読む。 

 

  6月28日(火)雨、台風四号襲来 

 

 豪雨! 各地で人命・浸水被害続出。

 

 

6月29日(水)快晴

 

 台風一過。ビートルズが午前三時四十分に日航機で来日したとのこと。明日、武道館で講演とか。

 

  

 ・来年度の開催計画が決まる 

 来年(昭和四十二年)度、第二回ジャパン・アート・フェスティバルにつき事務局で打ち合わせ。開催地として、ホノルル、ヒューストン、ニューオーリンズが決定。午後、早速青柳氏とともに外務省、文部省へ飛ぶ。

 

   

6月30日(木)

 

 

 理事長名義でニューオーリンズ、ヒューストン、ホノルルの各総領事館宛に来年度ジャパン・アート・フェスティバルについての文書作成、発送する。在外公館への直接の連絡は本省の嫌うところではあるが。

 

7月1日(金)終日小雨

 

 

 昼休みに散髪。午後から青柳氏とともに大和運輸王子美術梱包倉庫へ行く。パネル取り外し後の展示方法、梱包方法などについて話し合う。

 

 追記= 丹下教授設計による会場構成は、当然のことではあるが初回のニューヨーク展のみを念頭においていた。以降の展示会場ではその活用方法は殆どないどころか、むしろ、それぞれの会場に相応しい的確な展示を困難にした。結局、その膨大な展示用資材の残骸は無用のお荷物となり、その大半を廃棄せざるを得なくなった。 

 事務局は開店休業状態。作品はすべて海外にあり、あとは現地対応があるのみ。そして国内は募金あるのみ。これが難問だ。

  早々と五時半過ぎには帰宅。夕方、英明が団地はずれまで独りで迎えに来ていた。

7月14日(木)

 

 終日たいした仕事もなく過ごす。写真屋で渡航申請用の写真撮影をする。

 

  

 7月15日(金)午後小雨 

 

 日中暑い。午前中、中野区役所で旅券申請のための戸籍抄本を取る。世津子、英明は中野駅まで同道し、そのあと阿佐ヶ谷(義母・義妹宅)へ向かう。中野駅前で三十分程度パチンコ(タバコ三箱)。協会は特段の仕事もない。

 

 

 

 

7月18日(月)

 

 

 むし暑い。事務局では特段に仕事もなく終日職員同士の雑談で過ごす。

7月19日(火)晴、午後小雨

 

 

 暑い。午後、有楽町の東京交通会館(都庁旅券課)へパスポートの申請に行く。

 

  

 

7月21日(木)

 

 

 暑い。ピッツバーグのギンベル百貨店(Gimbel Brothers)より航空運賃二人分(二、六五〇ドル)を送金してきた。もっぱら翻訳作業とタイプ打ち。

 

 追記= 現地共催相手がある場合は、事務局派遣費用として、通常、役員クラス一名、職員クラス一名分の渡航費を相手側に負担してもらうのは双方合意の上であった。さらにレセプション費、広報費、設営費の一部など他費目の負担を相手側に求めることもあった。 

 

 昇給後初めての給料、五六、一五〇円と渡航支度金(七六、五〇〇円)の支給を受ける。

 

 

  

7月22日(金)

 

 

 帰途、ロイヤル米会話学院へ立ち寄る。職員室で後任の石田教務主任と暫時話す。東京オリンピックに始まった英会話学習熱もピークを過ぎ、ぼつぼつ英会話学校経営も苦しくなってきたそうだ。四年後の大阪万博の影響はどうなのか。

 

7月23日(土)

 

 

 午前中で終業。暑い。久しぶりに早稲田の明礼さん宅へ(英会話レッスン)。

 

  帰途、新宿へ回り京王デパートへ(背広出来上がり、ネクタイ四本、ベルトなど買う)。三光町の龍生堂で薬(クロマイ軟膏、鎮痛剤、栄養剤)。午後六時帰宅。夜、テレビ「裸の大将」(小林桂樹主演)をみる。 

 

 

 

7月24日(日)曇り

 

 

 やや涼しい。世津子は池袋、西武デパートへ(ハンドバッグ五、〇〇〇円、ワイシャツ二枚四、〇〇〇円、靴修理など)。英明と散歩する。

 

(第二部ニューヨーク展おわり)

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