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2007/01/30

第二部 国際芸術見本市始末記・ニューヨーク展(9)

4月25日(月) 快晴

 (サマータイムの)午前六時五十分起床。昨夜は帰国後のことをいろいろ考えたせいか、寝付きが悪く睡眠時間は一時間程度であった。朝からやや疲労感あり。ドラッグストアで朝食をとりユニオン・カーバイドビル会場へ行く。

大工、職人達が入っていよいよ会場撤去作業を開始する。膨大なインスタレーション(会場構成)資材の扱いをどうするか。NY展のためにだけ制作された丹下設計資材の今後の利用価値は果たしてどうなのか。

昼食はホテルにかえりホテルのレストランで取る。夕食後は自室に戻って事務局への報告を書く。早めに床に入る。

4月26日(火) 快晴

 七時起床。暖かい。朝食後、事務局長と一緒にユニオン・カーバイドビルへ行く。撤去作業は進行中。正午にホテルへ昼食に戻る。午後、ブロードウェーの銀行へ行き、小切手口座の残金全額をおろす。現金の多さを心配してセキュリティ・ガードが出口まで見送ってくれた。一旦ホテルに戻る。

   追記= 米国では、現金の取扱いに対しては当時の日本では考えられないくらいの神経の配りようであった。手押し車で現金を路上の現金輸送車まで運ぶのに、二人のガードマンが抜き身の拳銃を構えて歩いていたのには驚いたものだ。

・作品盗難事故が発生

 黒田辰秋作の「拭漆文欟木小筥」盗難についてユニオン・カーバイドの広報部長マーゼック氏(Mr. Marzec)に会い、保険に関する手続きを強く要請する。夜、ウォルドルフ・アストリアホテルへ夕刊を買いに行く。 

追記= 黒田辰秋が出展する三点のうちの一点がフェスティバル閉幕を直前にして盗難に遭ってしまった。多くの鑑賞者の歎声をもたらした美しい小箱だった。前日の閉館時には異常が確認されなかったのだが翌朝に判明。直ちにNY警察に届け出たものの、結局、盗難証明が発行されたのみであった。

4月27日(水) 曇りのち雨

 七時起床。気温やや低い。事務局長に置手紙をしてユニオン・カーバイドビルへ先に行く。間もなく、事務局長、ユニオン・カーバイドビルへ駆けつける。撤去作業は進行中、優美を誇っていた会場はまるで修羅場。「面白うてやがて悲しき鵜舟かな」の句が浮んでくる。

Immigration Office(移民局事務所)へ事務局長夫人の滞在延長許可申請に本人同伴で行く。午後、バスを乗り継ぎブロードウェー一〇五丁目へ日本食品を調達に行く。事務局長は夕食前に堂本尚郎氏(在NY作家)と会うべくウォルドルフ・アストリアへ行った。

4月28日(木) 雨

 七時起床。肌寒い。七時四十分ユニオン・カーバイドビルへ。十時、一旦ホテル自室に戻り、電話でハワイ行きフライトなどを問い合わせる。

ザ・イーストの金澤(朗)氏より手紙。帰国後の心配はご無用・・・とあるが果たしてどのような顛末になるのか。 

午後、ユニオン・カーバイドビルを少し覗き、再びホテルへ戻る。カタログ売上代金(1,014ドル)、事務局費小口現金(3,171ドル)を安藤さん(事務局経理担当)より引き継ぐ。

4月29日(金) 曇り

 七時起床。やや寒い。十一時半までユニオン・カーバイドビルに詰める。グランド・セントラル(マンハッタン主要ターミナル駅の一つ)構内の郵便局へ行き、各業者への細かい支払い手続きを済ませる。

事務局長夫妻に招かれて夕食に出かける。五十二丁目、「日本」へ行って刺身定食を食う。夜は自室で週間朝日を読む。

今回は初めてでもあり、特殊事情も之有りで止むを得ないとしても、次回の海外出張は、もっと合理的、必然的、効率的なものでなければならないことを強く感じる。

4月30日(土)

 九時半に起床。終日雨降り。外出せず。午後一時、事務局長の部屋で遅いブランチ。食後再び自室に戻る。特に為すべきこともなし。

女性達三人は明日ワシントンDCへ向かい、そこから帰国の途につくという。明日は五時に起床してラ・グァーディア空港まで見送りに行く予定だ。

・女性スタッフは帰国の途に

5月1日(日)薄曇

 五時二十分に起床。いよいよ暖かくなってきた。タクシー二台に分乗してラ・グァーディア空港まで女性達を送っていく。女性達はイースターン航空のシャトル便でワシントンへ飛び立った。

ホテルに戻り昼までベッドに入り再びうつらうつら。午後五時に五階(事務局長夫妻の部屋)に降りて食事。夜、ブロードウェーまで散歩。十二時就寝。

5月2日(月)晴れたり曇ったり

 九時起床。コーヒーショップで朝食。胃に不快感。やはりコーヒーは控えたほうがいいらしい。ユニオン・カーバイドビルへ行く。撤去作業もいささか中だるみ気味。一階の工芸品と展示用資材は梱包を完了した。明日からは絵画、彫刻の梱包に取り掛かる。ネプチューン社(トラック輸送担当会社)に、ピッツバーグへのカタログ輸送も依頼する。

広報部長マーゼック氏によれば、黒田辰秋作品については今週中に保険会社より調査員派遣がある見込みだとのこと。なんとスローなこと! これがアメリカ流か?

世津子に帰国日時の大体の予定を伝える(午後五時に速達を投函)。帰国は早くても五月八日頃か? 夜、他の日本人宿泊客が残していった週刊誌を寝床で読む。

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