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2007/01/24

第二部 国際芸術見本市始末記・ニューヨーク展(3)

2月1日(火) 晴、暖かい

 今日はもっぱら手紙作成の作業で暮れる。ロックフェラー三世へは中曽根康弘議員、リンゼイ(NY)市長には麻生良方理事長名義で作成。いわば事前の挨拶状だ。展示会場説明文翻訳の件で六本木、イースト・パブリケーションへ行く。

タキシードの寸法取りに業者が事務所へ来る。帰途、高田馬場ロイヤル米会話学院に立ち寄る。夜、テレビ「事件記者」をみる。

2月2日(水) 晴れたり曇ったり

 午前中、ホテルニューオータニへ行きニューヨークのゴードンさんへ国際電報を打つ。

船積みの一部は、U・Sライン、パイオニアミンクス号(Pioneer Minx)に決定する。NY到着は二月二十四日の予定だ。

森田子龍氏(書家)来訪、風間君との三人でホテルニューオータニにて食事をする。

夕刻、大和運輸安川、事務局長、風間の諸氏と品川の東京税関へ挨拶に行く。事前に仁義を切って置くということらしい。帰途、銀座セントメリー靴店に立ち寄り注文の靴を受け取る。渡航支度金65,450円を支給される。

2月3日(木) 晴、暖かい

 昼前から大和運輸安川さん、風間君と横浜へ向かう。アジアティック・フォーワーダーズ事務所へ。スタッフのジョージ・中道氏との初顔合わせ。シルクホテルで昼食。六時に協会事務局へ帰着。

・無駄になったカタログ

 納品された展示会用カタログの不出来がはなはだしい! 校正がでたらめだ。どうしてこういうことになったのか、これでは使い物にならない。廃棄あるのみ。

出張支度のために協会より旅行鞄を自宅へ持ち帰る。

2月4日(金) 晴、暖かい

 正午頃、青柳氏と米国大使館関税部へ挨拶に行く。展示用貨物輸入についての事前情報の提供と便宜のお願いであるが、担当の日本人館員は余り関心が無さそうだ。果たしてどの程度の効果があるものか疑問に思う。

夕刻、事務局長、風間、芦田、安川(大和運輸)の諸氏と大和運輸の車で横浜埠頭へ行く。停泊中のパイオニアミンクス号の積み込み作業を見る。船長室で船長、一等航海士らと話す。話し好きの如才ない船長だ。午後十時過ぎ横浜を発ち、高田馬場まで大和運輸の車で来る。午前零時過ぎに帰着。

全日空機行方不明のニュース(東京湾上空)。130名絶命か?

2月5日(土)

 午前中、青柳さんと日本橋の日本銀行外国部を訪ねる(外貨持ち出し許可の件などについて質問)。このあと虎ノ門、ジェトロ(日本貿易振興会)に立ち寄り、事業の進捗状況を説明、ニューヨーク・トレードセンターの協力を改めて要請する。富士銀行本店外国部へ行き外貨送金手続きなどについて問い合わせる。

今日は給料日、51,492円(2月分の前渡しだ)。午後三時に終業。

新宿の龍生堂へ行き旅行のための薬品などを購入する。伊勢丹でスポーツシャツ、ワイシャツ三枚、ネクタイなど買う。

三光町からタクシーで早稲田、明礼さん宅へ。英会話レッスン。

京都へ電話する。信定(弟)が出て、羽田見送りのために二月十九日に母と上京するとのこと。

2月6日(日) 晴れたり曇ったり

 英明と散歩する。散髪屋は満員なので断念する。午後、東上線大山駅まで行き、ヨーカ堂で旅行用品などを調達。後、池袋へ回り西武百貨店で下着、パジャマなど買う。風呂。

2月7日(月) 風強く寒い

 夕刻、赤坂に出て事務局長、風間、安藤、小林克己さん(中曽根代議士秘書)らと朝鮮料理を食べに行く。その足で新宿伊勢丹裏のフラメンコバー「ギターラ」へ。スペイン音楽とフラメンコ。夜十一時半に帰宅する。

2月8日(火) 晴、暖かい

 九時三十分、青柳、風間、私の三人は虎ノ門ジェトロにて合流する。会議室で加藤氏らを囲み芸術見本市に関連して起こりうる問題点等について質問をする(午後一時三十分まで)。これは事務局長の発案なり。結局、一般論に終始する。

赤坂プリンスホテルへ直行、ロビーで乃村工芸、大和運輸、ウルテックの神谷、木島の諸氏と話す。米国から帰国したばかりの乃村工芸の杉本氏が現地の状況報告をする。ジャパン・ソサエティの支援体勢などにつき、ゴードン夫人からの情報がより具体的になり、明確になる。杉本氏は、現地設営業者らとも事前打合せをしてきたとのことだ。

午後二時三十分に第三回理事会開始(於・赤坂プリンスホテル)。メーシー百貨店との共催は御破算か。四時半に事務局に戻り、やっと昼食(リド)にありつく。

麻生理事長より米国出張時期の最終決定が下りる。一月二十日に決定。午後七時三十分帰宅。とにかくくたびれた。

2月9日(水) 晴

 暖かい。午後、ザ・イーストに金澤朗氏を訪ねてカタログ作り直しの件を打ち合わせる。そのあと丹下事務所で神谷、大和運輸の安川所長、乃村工芸の杉本課長の諸氏と打合せる。それにしても打合せが多い。

夕刻、事務局長、風間の三人で赤坂の中曽根事務所へ。小林克己さんと話しこみ午後十時すぎ赤坂のレストランで朝鮮料理(小林氏、事務局長、風間の四人で)。

・カタログは刷り直し

2月10日(木) 晴

 暖かい。事務局長の発案により、午前中、新橋のコスモピーアールへ行き、カタログ作り直しの件を相談する。瀬底さんと話す。頼もしそうな女性だ。

金澤朗氏、事務局へ来訪(カタログ作り直しの件)。

午後、風間君、芦田君とともに瀬底さん紹介の翻訳者ダン・フィリパイ氏を訪ねカタログの英文校正を依頼する。

河北倫明氏、嘉門安雄氏のあいさつ文(greetings)が米国人には理解しにくい(フィリパイ氏の意見)とのことで、原稿を一部書き直して、夕刻、フィリパイ氏に届け翻訳依頼する。余りにも「日本的表現」に過ぎたということか。

原宿の丹下事務所に立ち寄ってから麹町の事務局へ戻る。タクシーで新宿駅に出て午後八時三十分帰宅。風呂。

2月11日(金) 晴

 暖かいが風が強い。午前中は凸版印刷板橋工場へ風間、芦田両人を同伴してカタログの校正作業に出向く。

午後、フィリパイ氏より翻訳原稿を受け取り、帰途丹下事務所へも回る。さらにザ・イーストへ。一旦事務局に戻り再び凸版の銀座事務所へ。夕刻また事務局に戻り全員午後十時十五分まで残業。十一時半帰宅。午前一時就寝。 

2月12日(土) 晴

 午前十時にホテルオークラへ行く(事務局長、風間、筆者)。大和運輸より成澤常務、須永部長、安川所長、荒木の諸氏、乃村工芸より杉本氏が出席。アジアティック・フォーワーダーズ社のジョージ・中道氏から貨物輸送全般に関する説明を聞く。後刻、来日中のカミンズ社長も出席してホテル内レストランにて全員で昼食。 

夕刻、早稲田へ回る。明礼さん英会話レッスン。午後十時に帰宅。

2月13日(日) 晴

 午後、阿佐ヶ谷(義母・義妹宅)へ行く。英明をかっちゃんに預けて、世津子と二人で入院中のお義母さんを荻窪の河北病院に見舞う。帰途、新宿伊勢丹へ。靴(茶)、英明ズック靴、ネクタイ、靴下などを求める。屋上で少々遊ばせる。

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