第二部 国際芸術見本市始末記・ニューヨーク展(8)
4月15日(金) 快晴
暖かい。八時半に起床してすぐ風呂に入る。五階に降りて事務局長夫妻と朝食。
午前十時から十二時過ぎまでユニオン・カーバイドビル展示会場に詰める。
・作品に触れないでください
工芸品に手を触れる来訪者が多いのに手を焼く。Do not handle, please.では甘い。Don’t touch.と表示を変えてはみたがどれほどの効果があるものか。
追記= 展示品に触れてみたい、という鑑賞者の心理に国境は無いらしい。特に工芸品にはつい手が出るようだ。巧緻な漆器や染織物、繊細な竹細工などは極めてデリケートだ。触れてこそ味わえる茶器や道具類などもあり、鑑賞する人の衝動は理解できなくもないが、やはり事故防止が優先する。
散歩を兼ねて徒歩で近代美術館(N.Y. Museum of Modern Art, 53rd St.between 5th Ave.and 6th Ave.)へ。入場料は一ドル。表の庭にジャコメッティの彫刻数体あり。
再び会場に立ち寄り、午後五時、ホテルに戻る。世津子より手紙あり(新聞切り抜き。「川端竜子逝去、八十歳」)。
日がたつのがだいぶ速くなってきたような気がする。
4月16日(土) 晴、時々曇り
九時すぎ起床。暖かい。食後、事務局長夫人を裏千家(York Ave. 87th St.)へ送り届ける。十時~十二時ユニオン・カーバイドビル会場へ。午後、路線バスでしばらくぶりにグリニッチビレジへ。ワシントンスクエアのベンチでしばし休息。
麻生理事長より「再梱包に際して乃村工芸杉本氏派遣の必要ありや?」の問い合わせ電報あり。派遣依頼の返電をする。夜、東京への業務報告の草案を書く。深夜までかかる。
会期もあとわずかだ。会場撤去、再梱包、ピッツバーグへの移送を考えなければならない。
4月17日(日) 晴
九時半起床。朝風呂を浴びる。十二時半、事務局長の部屋にて食事。展示会場に立ち寄った後、五番街を少々散歩。夜、事務局会議を招集する(会計の整理)。洗濯。
・事業報告書の作成
4月18日(月) 晴れたり曇ったり
非常に温暖な一日であった。朝食後、事務局長とトレードセンターへ行く。ゼロックスを借りて事業報告の複写をとる。オリジナルは東京事務局へ、コピー一通を中曽根さん宛送る。
ジェトロから宮崎商会(Fifth Ave. 28th St. プリンスジョージホテル内)へ立ち寄る。万年筆(パーカー61)を二本もとめる。(九ドル五十セント)。
世津子より手紙。返事書く。午後九時~十時女性達の部屋(502号)で経理の整理作業。
4月19日(火) 晴れたり曇ったり
温暖。食後、自室で報告書(その二)の作成に取り掛かる。契約、工事、支払い経過などについて記す。午後、ジャパン・トレードセンターへ行きゼロックスコピーを依頼する。
女性達はラジオシティ・ミュージックホールへ出かけて不在なり。
4月20日(水) 小雨、降ったり止んだり
午前中、郵便局に立ち寄り報告書を東京事務局宛に投函する。金澤(朗)氏へ便り。事務局長夫妻の三人で展示会場へ行き暫時詰める。
夜、三人でJ・Fケネディ空港へ乃村工芸杉本氏を迎えに行く。ノースウエスト機は二時間半の延着。午前零時近くにホテルに戻る。
ベトナム行きの兵士か、移動中の海兵隊員らしい一群で空港には迷彩色が溢れていた。杉本氏はシェルトン・タワーズホテルに入る。午前一時すぎ、サンカルロスホテル自室に戻る。
4月21日(木) 晴
十時半起床。非常に暖かい。ニューヨークへ来た当事の寒さが嘘のようだ。それにしてもすでに二ヶ月が経過した。
朝食後、徒歩で五番街のジャパン・トレードセンターへ。織田次長と話す。ホテルに戻り青柳氏へ電話する(食卓料確定の件)。夜、事務局(東京)宛に手紙を書く。事務局長は与謝野氏と会うためにウォルドルフ・アストリアへ行った。
追記= 食卓料とは役所用語で、出張にともなう食事代のこと。出張手当は日当・宿泊料・食卓料からなるのが一般的。この時点では、協会の出張費規定が確定しておらず、公的予算単価と実勢を睨みながら支給していた。
4月22日(金) 晴
午前八時三十分起床。暖かい。近所のコーヒーショップで朝食。マディソン街に出て、五十五丁目まで散歩。
昼食後、事務局長とブロードウェーの銀行まで。残金全額を下ろすべく手配する(受け取りは火曜日の午後)。ユニオン・カーバイドビルで乃村工芸杉本氏、ヒューズ社社長ノールズ氏との三人で会場撤去の段取りにつき打ち合わせる。
五番街~ブロードウェーを散歩。ホテルに戻る。夕食後ふたたび事務局長夫妻と三人でブロードウェーまで。
4月23日(土) 晴
十一時起床。暖かい。昼食後ユニオン・カーバイドビル展示会場へ。事務局長の招きで三時ころから夫人と三人でブロードウェーへ映画を観に行く。題名はPaul Newman is Harper(主演=ポール・ニューマン)。六時半ホテルに帰着。
・長かった会期もついに終了
長かった展示会もついに今日で終わった。あとは会場を撤去して、ホノルルに二泊、帰国するだけだ。様々なことがあり、色々なことを初体験した。今は何も言わずに次の生活へスタートするのみだ。この経験が今後の公的、私的生活の肥やしになれば文句はあるまい。
4月24日(日) 小雨
本日よりサマータイム開始。Daylight Saving Timeという。午前十時起床。事務局長の部屋に降りて朝食。自室に戻り柴田練三郎、「図々しい奴」を読む。今日は日曜日で郵便も来ない。夫妻は友人の岩井氏宅へ出かけた。
三時半、散歩に出る。ブロードウェー近辺を除けばレストランも、洋品店も百貨店も全て閉まっている。マディソン街を五十七丁目まで、七番街に出てタイムズスクエアへ。コーヒーショップで軽食。四十九丁目から五番街へ。四十二丁目から二番街へ、ホテルに戻る。この間、約一時間半。久しぶりにカメラで街の様子を撮る。街の散歩は飽きない。
自室に戻り青柳氏へ業務報告の手紙を書く。投函。帰国後のことなどについていろいろ考えをめぐらす。
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